序章7

日一雇いの仕事さえ満足にこなせなくなっている自分の体力に不安を覚えてはいるものの、先のことより、大切なのは今の酒だ。今日は日曜だから、山崎が仕事に就いているとしても、家にいる確率は高い。
その山崎とも、ここしばらくは顔を会わせていない。就職の時、俺は炭鉱の直轄鉱員で採用され、山崎は下請けに因されたのが疎遠になったそもそもの原因だった。同じ市内に住みながらも、二年に一度の札幌での甲子園仲間の飲み会で顔を会わせることの方が多かったかも知れない。最後に会ったのは半年前、冬の寒いさなかに俺と小宮が酔った勢いで一升瓶を抱えて押しかけた時だった。あの晩、山崎は、俺たちが押しかける前から一人で飲んでいた。酒で赤くなるはずの顔が妙に青白く、口にこそ出さなかったが、俺たちの訪問自体が迷惑そうな雰囲気だった。失業して半年たち、そろそろ失業保険も切れるというような話もしていたが、その後再就職したとも生保を受けたとも聞いていない。

それはともかく、あの晩山崎の部屋にあった、足の踏み場もないほどの一升瓶の山が、俺の脳裏に強烈に焼き付いている。ゃっこさんも、高校の頃から相当にいける目だった。うまくいけば借金などという面倒な話は抜きに、山崎の部屋にある酒で、酒盛りに持ち込むこともできるかも知れない。
目線の先、取り壊し作業が進む旧炭鉱住宅街の突き当たりの高台に、四階建てのアパートが見え始めた。閉山前は一棟に十六世帯が入居していたそのアパートにも、今は山崎を含めて一二世帯ほどが入居しているに過ぎず、来年には取り壊しの運命にある建物だ。
ようやくたどり着いたその古アパートの階段を、両手も使って這い上がる。ひからびたネズミの死骸……ちぎれたエロ本の表紙……踏み潰された弁当の空容器……こんなゴミだらけの階段の上に、本当にまだ人が住んでいるのだろうか……
ようやく登りつめた山崎の部屋の呼び鈴を、祈るような気持ちで押す。指の震えがあまりにも激しく、突き指をした挙げ句、四回目でようやく人さし指の腹が呼び鈴のボタンを捕らえた。応答は、ない。信じたくはないが、ドアの前の壌のたまり具合か3りして、山崎は引っ越してしまったようだ。だが、引っ越したにしても、中に手っかずのワンカップのひとつでも残っているかも知れない。
ドアのノブをひねってみると、思いのほかあっさり一扉が聞いた。それと同時に、いきなり鼻をつまみたくなるような腐乱臭。中で何かが腐っている。
部屋の中に、土足のまま足を踏み入れる。家財道具はそのまま。酒瓶の山もそのまま。そして、山崎もそこにいた。部屋の真中に敷かれた布団の上で、酒瓶に固まれながら腐っていた。突然の陳入者に驚いた蝿たちが、一斉に死体から離れて舞い上がる。
骨に薄皮が張り付いた、半ばミイラ化した顔面。目玉が入っていたはずのふたつの窪みは、黄色く濁った雨漏りの水をためている。そして移しい数の姐虫が胴体を遣い回りながら、薫製状にひからびかけた腹わたを食い荒らしている。
吐き気が一気にこみ上げて、俺はその場で噴水のように胃液を吐いた。
だが、山崎の枕元にあったまだ手つかずの一升瓶に目が止まるや、友人の死を悼む気持ちも、腐乱死体を目の当たりにした恐怖も一瞬にして吹き飛び、俺はアルコールを手に入れることができた喜びに打ち震えていた。
一升瓶を宝物のように抱きかかえ、階段を駆け下りる。アパートの前の、夏草が伸び放題の公園のベンチに腰を下ろし、ラッパ飲み。
……水を得た魚……
あんな悲惨な友人の死体を見せつけられたばかりというのに、吐き気は嘘のようにおさまり、円呼び鈴を押すのさえやっとだった指の震えもピタリと止まった。この一升瓶で、あさってまでは何とかもつ。
ついさつきまで真上にあったはずの太陽が早くも山際へ大きく傾き、西陽が山崎の置き土産の一升瓶を照らしている。
やがて人心地がついた俺は、近くの公衆電話から一一O番した。
「もしもし、人が死んでいるんです。場所は、ポロナイ町の……」

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