著者あとがき

小説家志望であった私が、自分の作品を初めて文芸誌の新人賞に応募したのは、昭和五十四年ころであったと記憶している。以来、年中行事のように新人賞に応募しては落選という愚行を繰り返し、某大学を卒業した後に、医大に入り直したのも、実は医者になりたかったからではなく、小説家になるための時間稼ぎに過ぎなかった。六年の猶予のうちに、文芸誌の新人賞を獲るつもりで、学年でただ一人だけクラブにも入らず、相当な時間を創作のためにつぎ込んだ。そして医大の四年目の時、念願かなって某新人文学賞を受賞するという幸運に恵まれたのだが、いざそういった賞を受賞してしまうと、それを機に医大をやめて一挙に作家の道へ、という度胸もなく、また次々と作品を発表するような力量もなく、惰性でそのまま卒業し、医者になってしまった。

精神科医になってからはそれなりに多忙で、数年間は創作が好きだったことさえすっかり失念していたのだが、ひょんなことからまたワープロをせっせと叩くことになった。
その契機となったのは、アルコール依存症の集団療法である。精神科医の前には、多くのアルコール依存症の患者さんが現れるが、彼らをただ精神病院の鉄格子の中に閉じこめておくだけの時代はとうの昔に終わり、院内でスタッフが司会をして集団療法を行うのが当たり前の時代になっている。私の職場でも、医師二名と看護婦(士)一二名が集団療法の司会を担当し、週に二一、四回の頻度で集団療法を行っている。私は毎週木曜日の午後に集団療法の司会を担当しているが、テーマを決めて参加者ひとりひとりに発言を求めるというオーソドックスなやり方は、始めて三年ほどで完全に行き詰まってしまった。参加者の発言時聞が短い。同じ話が何度もくり返され、新鮮味に欠ける。テーマに沿って話ができない。予定の時間の半分もたたないうちに話が尽きてしまう……集団療法の司会者であれば、誰もが経験するマンネリの壁である。
そ乙である時から、アルコール依存症関連の小説やエッセイを患者さんたちに紹介する形の集団療法に、思い切って形式を変えてみた。高校の国語の授業のような雰囲気で、私が一方的に喋りまくる。時々「この言葉の意味は?」というような感じで参加者に質問はするけれども、個々人の酒害の体験を語らせることは一切しない。このやり方に変えてから、居眠りする参加者が目に見えて少なくなった。また、自分が発言しなくても良いという安心感からなのか、外来患者さんの参加も増えた。
アルコール依存症関連の本を何冊か患者さんたちに紹介するうちに、今度は自分で作品を作り、それを集団療法の教材に使ってみようという気になった。一週間で一章を書き上げ、毎週木曜日の集団療法で教材として参加者に配布する。そんな締め切りのプレッシャーを自らに課し、約十週間で原型を作り上げたのがこの作品である。断酒に踏み切ろうとしながらもアルコール依存者が入院治療をためらう理由の一つに、精神科病棟のブラックボックス的な不気味さと、治療の内容に対する不安がある。この作品が、そんな人たちの不安を解消するのに役立てば幸いである。
また、さらに視野を広げれば、五十人にひとりはいると言われるアルコール依存症という病気の本質やその治療法が、世間一般にはいまだに全くと言って良いほど知られていないのが現状である。この作品が多くの人々の自に触れ、それがアルコール依存症という疾患の理解と予防に役立てば、これに勝る幸せはない。
最後に、出版に際して御尽力頂いた東峰書房の高橋衛氏、推薦文を引き受けて下さった竹内達夫先生、そして、作品の使用をお許し下さった工藤菊畝氏に心より御礼申し上げます。

平成十二年五月三十日

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