炭鉱で働いていた頃から、たしかに酒は好きな方だった。しかし、朝から毎日飲むようになったのは、やはり失業してからだった。仕事がなければ時間的にも朝から飲めるし、酒でも飲む以外に、これと言ってすることもなかった。飲んでいる最中に妻だった佐知子を殴ったことが一度ならずあったらしく、佐知子は二年前、当時高校一年だった娘の明子と中三だった息子の健太郎を連れて家を出た。佐知子は看護婦の資格を持っており、今は市立病院に勤めているらしいのだが、出ていったあの日以来、一度も顔を会わせていない。去年の暮れに離婚届けが送られてきて、判子を押して送り返してやった。もう二度と会うこともないだろうし、会いたくもない。酔って家族に手を上げたと言われでも、俺にはそんなことをした記憶はない。佐知子は、記憶がなくなるまで飲むのはあなた自身の責任だ、と言って俺を責め続けた。身に覚えのないことを責められるのは面白くないから、それがまた酒を飲む理由になる。あいつが出て行く前の半年ほどは、そんなやりとりの繰り返しで、俺にとっても地獄のような日々だった。独り身となってようやく誰に対する気兼ねもなく酒をあおることができるようになったのだが、それと同時に財布の紐を締める者もいなくなった。
この冬、除雪のアルバイトをしたのが生保の担当者に知れ、三月には保護を切られて市内の土建会社で働くことになった。しかし、続けて仕事をすると疲れがたまる。疲れを取るために酒が必要になる。飲み始めると、どうしても二日酔いになるまで酒が入ってしまい、連日遅刻。そしてクビ。たった一月足らずで生活保護に返り咲きである。