急な上り坂を四つ越え、全身汗まみれで小宮の家にたどり着いたが、肝心の小宮は留守だった。玄関に出てきたかみさんも俺の高校の一年後輩で、甲子園に出た時には野球部のマネージャーをしていた女である。彼女にはもともと心臓の持病があり、小宮が失業してからも働きに出ることもなく、家の中にこもっている。高校時代は野球部のマドンナだったこの女も、今ではすっかり老け込んで、最近では俺がたまに訪ねても、愛想笑いひとつ見せなくなっていた。
「小宮は二週間前に市立病院に入院しました」ぶっきら棒にかみさんが言った。
「どこ悪くしたのさ」
「ちょと肝臓の方を……」
かみさんはそれ以上答えたくない様子で、俺もそれ以上聞くのはやめにした。小宮本人にならともかく、かみさんに借金を頼むのはさすがにためらわれる。彼女は最近、俺と小宮が一緒に飲むのを快く思っていない。あなたのせいで主人は体を悪くした、と言わんばかりの冷たい視線が背中に突き刺さるのを感じながら、伺の収穫もなく小宮の家を後にする。
小宮が入院しているという市立病院を訪ねることも考えたが、本来は見舞いでも持って行くべきところ、入院中の病人に借金を頼むのも非常識な話である。それ以前に、ここから十キロ近く離れている市立病院まで、いま来た道以上の距離を引き返すだけの気力と体力はもう残っていなかった。
こうなってしまった以上、山崎が最後の望みの綱だ。
山崎は、この弥生町からさらに三キロほど山あいに入ったポロナイ町に住んでいる。手の震えと頭痛が我慢できないほどになってきて、もし山崎から金を借りることができなければ盗みまでやりかねなくなっている自分に気付き、惇然とする。
序章5